糖尿病網膜症
糖尿病の患者さんが発症する合併症のひとつです。糖尿病腎症と糖尿病神経障害と共に糖尿病三大合併症とも呼ばれています。
糖尿病について
そもそも糖尿病は、血糖値が基準とされる数値よりも慢性的に高い状態を言います。血糖値は、食事をする、糖分を含むジュースを飲むといったことで数値が上昇するようになるのですが、膵臓から分泌されるホルモンの一種インスリンが分泌されることで再びバランスのとれた数値に戻るようになります。インスリンはブドウ糖(血糖)がエネルギー源として活用できるようにするための働き(細胞に取り込む など)をするのですが、これが機能しないとブドウ糖は血液中でダブつき、血糖値は上昇したままになるのです。なお、糖尿病にはインスリンを作成する膵臓のβ細胞が自己免疫反応などによって破壊され、インスリンがほぼ分泌されない1型糖尿病と、不摂生な生活習慣(偏食・過食、運動不足、喫煙・多量の飲酒、ストレス、肥満 など)によって膵臓が疲弊し、インスリンの分泌量が少ない、あるいは効きが悪いといった状態になる2型糖尿病がありますが、日本人の全糖尿病患者さんの95%以上が2型です。
糖尿病は発症しても自覚症状が出にくいので病状を進行させることがほとんどです。そのうち、頻尿・多尿、のどが異常に渇く、倦怠感、体重減少といった症状がみられるようになりますが、これはかなり病状が悪化している状態と言えます。ちなみに症状が現れなかったとしても血管は着実にダメージを受けていて、次第に細小血管から障害を受けるようになるのですが、網膜というのは細小血管が集中している箇所でもあるので、合併症が起きやすくなるのです。ただ糖尿病を発症したからといって、すぐに併発するということはなく、平均的には7~10年程度経過してから糖尿病網膜症を発症すると言われています。それでも多くの場合、糖尿病に罹患した正確な時期というのはわかりかねますので、糖尿病と診断された患者さんは、これといった眼症状がなくても定期的に眼科で検査を受けるようにしてください。
糖尿病網膜症の主な症状
糖尿病網膜症も糖尿病と同じように発症初期から自覚症状がみられることはありません。その後、黄斑(黄斑部:網膜の中心部、色を見分ける、細かいものを識別する働きがある)まで病変が進行することで、目がかすむ、飛蚊症(目の前に黒いものが飛んでいるように見える)、視力低下、といった症状がみられるようになります。なお自覚症状が現れている状態というのは、かなり病状が悪化していると言えます。それでも何も治療をせずにいると、失明をしてしまうこともあるので要注意です。
検査について
発症の有無を調べる際に行われるのは、眼底検査です。これは網膜の状態や血管を調べ、出血や白斑(軟性・硬性)、新生血管の有無などをみていきます。また光干渉断層計(OCT)を用いて、糖尿病黄斑症(黄斑に浮腫がみられ、物がかすんで見える、歪むなどの症状が現れる。糖尿病網膜症の初期の患者さんでも起きることがある)を調べる検査もしていきます。上記以外にも視力検査、眼圧検査、細隙灯顕微鏡検査なども行われます。
治療について
治療は、病状の進行の程度によって異なります。具体的には、初期(単純網膜症)、中期(増殖前網膜症)、進行期(増殖網膜症)に分類し、それぞれの治療を行っていきます。
単純網膜症の段階では、糖尿病網膜症による特別な治療は行いません。糖尿病の患者さんが行っている生活習慣の改善(食事療法、運動療法)や薬物療法(経口血糖降下薬、インスリン注射)による、血糖をコントロールする治療が中心となります。
次の増殖前網膜症(中期)でも血糖のコントロールの治療が中心で、黄斑が病変の影響を受けていなければ、自覚症状が出ないことも珍しくありません。ただし、網膜に血流が途絶えている部分があると新生血管(血管が破れやすく、血液の成分が染み出しやすいのが特徴で、病状を悪化させやすい)を発生させるので、それを予防するためにレーザーで発生しやすい箇所を焼き固める網膜光凝固術(レーザー光凝固術)を行うこともあります。
糖尿病黄斑浮腫に対しては抗炎症治療や、抗VEGF薬硝子体注射を選択する事もあります。
また増殖網膜症になると様々な自覚症状もみられるようになるのですが、血糖のコントロールはもちろん、新生血管を抑制する網膜光凝固術も行っていきます。また新生血管が硝子体内で出血し、著しい視力低下を招くこともあります。このような場合は硝子体手術を行います。これは出血によって濁った硝子体を取り除きつつ、眼圧を低下させないために同時に潅流液を注ぎ込んでいくというものです。その際に増殖膜が網膜に癒着しているということであれば、それも除去していきます。最近は、局所麻酔による日帰り手術も増えてきています。
網膜静脈閉塞症
網膜の静脈が何らかの原因によって閉塞し、それによって網膜に浮腫や出血がみられるなどして、片側の目に突然、視力障害や視野障害が引き起こされている状態が網膜静脈閉塞症です。なお同疾患は、閉塞している部位によって、網膜中心静脈閉塞症と網膜静脈分枝閉塞症に分けられます。
網膜中心静脈閉塞症とは
網膜にある動脈と静脈は網膜内で木の枝のように広がっていますが、枝のように分かれるまでの部分、いわゆる篩状板の付近では、動脈(網膜中心動脈)と静脈(網膜中心静脈)は外側の膜が共有されています。そのため別々の脈でありながら、くるまれた形でひとつの脈のようになっています。この動脈というのは、生活習慣病(高血圧、糖尿病 等)などによって動脈硬化を招くことがあります。こうなると網膜の動脈も血管壁が厚くなるなどして肥大化していきます。ただ共有している外膜は伸びるわけではないので、静脈は次第に圧迫を受け、血流が悪化、やがて血栓が起きやすい状態になります。そして血栓によって血管(静脈)が詰まると、その付近から血液の成分が漏れだすので、網膜に出血やむくみが現れるようになります。これによって、片側の目に急激な視力低下がみられるようになります。
網膜静脈分枝閉塞症とは
網膜の動脈と静脈は篩状板付近から枝のように分かれていくのですが、網膜内で動脈と静脈が交差する箇所というのがあります。この場合も外膜というのは、動脈と静脈で共有しています。つまり、ここでも動脈硬化が起きれば、交差部の静脈が圧迫を受けて血流が悪化し、やがて血栓となって、静脈を詰まらせ、網膜に浮腫や出血がみられるようになります。これが、網膜静脈分枝閉塞症です。主な症状は、詰まりが起こっている箇所の視野欠損で、黄斑にも影響が及ぶと物が歪んで見える、急激な視力障害などがみられることもありますが、人によっては無症状ということもあります。
検査について
網膜静脈閉塞症が疑われる患者さんには、眼底検査で静脈の状態、網膜の出血や浮腫の有無を確認します。また光干渉断層計(OCT)で黄斑浮腫の有無を調べることもあります。
治療について
治療が必要なケースというのは、何らかの症状がみられている場合です。例えば、網膜中心静脈閉塞症、網膜静脈分枝閉塞症に限らず、新生血管が確認されたという場合は、網膜光凝固術(レーザー光凝固術)によって、新生血管を焼き潰す、あるいは抗VEGF薬による硝子体注射によって新生血管を抑制する治療を行っていきます。また黄斑浮腫が認められた場合も視力低下を予防するために抗VEGF薬による硝子体注射を行っていきます。
網膜裂孔・網膜剥離
目をカメラに例えた場合、網膜はフィルムに当たる部分とよく言われ、水晶体から入ってきた光を捉え、それを映像にするという働きがあります。この網膜に何らかの原因で孔が開いてしまう状態を網膜裂孔と言い、多くがそれをきっかけとして(網膜が)剥がれていくようになりますが、孔の発生と関係なく剥がれることもあります。これを網膜剥離と言います。
主な症状は飛蚊症や光視症のほか、視野欠損や視力低下などです。剥離部位が広がれば視野欠損の範囲も広がるようになり、黄斑にまで達すると著しく視力が低下するようになります。なお放置が続くと失明することもあります。
網膜剥離は、主に若い世代で発症がみられるケースと、中高年世代になってから起きるケースに分けられます。前者は、主に軸性近視によって長くなっている眼軸長によって網膜が引き伸ばされてしまい(変性)、それによって網膜円孔がみられ、さらに網膜の下に硝子体が入り込むなどして網膜が剥離化することで起きます。加齢が原因の場合は、網膜に接している硝子体との癒着が強いことで起きます。硝子体は元々ゲル状ですが、加齢に伴って一部が液状化するなどして変性すると癒着部位が強く引っ張られて、網膜裂孔が発生、それによって網膜の下に液化した硝子体が入り込んで網膜が剥離していくという流れになります。これらはまとめて裂孔原性網膜剥離(鈍的外傷も含む)とも呼ばれます。また上記以外にも、ぶどう膜炎、眼内腫瘍、網膜静脈閉塞症、増殖糖尿病網膜症といった病気が原因で発生することもあります(非裂孔原性網膜剥離)。
検査について
患者さんにみられる症状や訴えなどから、網膜裂孔や網膜剥離が疑われると診断をつけるための検査をします。その場合、眼底検査(散瞳薬による点眼)をし、網膜の状態を確認することで判定できますが、視野検査も併せて行うことも多いです。
治療について
網膜裂孔や網膜円孔の場合は、孔の周囲にレーザーを照射し、その瘢痕を利用して孔を塞いでいきます。網膜剥離の場合は、若い方に起きやすい近視によるものであれば、シリコンスポンジを強膜の上から縫い付けて、眼球を陥没させることで剥離した網膜をくっつけていく強膜バックリングを行っていきます。また裂孔が大きい、剥離部分が目の奥にある、あるいはいくつもあるという場合は、網膜硝子体手術を行っていきます。